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1903年
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ラザール・キャプランがアントワープでダイヤモンドのカッティング事業をはじめる。
ラザール・キャプランは、13歳のときベルギーでダイヤモンド・カッティング工場を営むおじのもとで見習いを積み、若干20歳で独立。ベルギーのアントワープでも指折りのカッターとして早くからその地位を築く。
1914年
米・ニューヨークにラザール・キャプラン・インターナショナル社(以下、LKI社)を設立。
1917年
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プエルトリコのポンセに初めてのダイヤモンド・カッティング工場を設立。
2007年、90周年を迎えたプエルトリコの工場は、当時ラザール・キャプランが現地の人たちの手先の器用さをダイヤモンドのカッティングに活かせないかと考え、プエルトリコで初めて見習い制度を開始、世界屈指の優秀なカッター職人、研磨職人を育てた。
1936年
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ヨンカーダイヤモンドのカットに成功。ダイヤモンド・カッターとして不動の地位を築く。
1年の歳月をかけた綿密なカッティング・プランのもと、当時世界第2位の大きさを誇るヨンカーダイヤモンド原石(726ct)のカットに成功、世界中にその名を知らしめた。複雑を極めたこのダイヤモンドは他のカッター達のプランに従っていたら粉々に砕け散っていただろうと言われた。ラザール・キャプランの飽くなき挑戦と不屈の精神は、今日のLKI社に引き継がれている。
1937年
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LKI社がAmerican Gem Society (AGS)のメンバーに加わる。
AGSは消費者保護および倫理的基準に則り宝石学の技術と知識の向上を目的としたアメリカの非営利専門団体である。
1946年
LKI社がダイヤモンド・トレーディング・カンパニー(DTC)のサイトホルダーとなる。
1957年
ラザール・キャプランがオーヴァル・エレガンス・ダイヤモンドを発表。マスターカッターのラザール・キャプランの手によってオーヴァルカットに新たな輝きを放つオーヴァル・エレガンスが登場。
1958年
ラザール・キャプランの息子、ジョージ・キャプランが、Gemological Institute of America (GIA 米国宝石学協会)の取締役に任命される。
1964年
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ラザール・キャプランがGIAの名誉副会長に任命される。
ラザール・キャプランのダイヤモンド業界への長年の功績が認められ、宝石学の世界的教育機関、GIA(米国宝石学協会)の名誉副会長に任命される。
1972年
ダイヤモンド・カッティング会社として、唯一初めて株式公開をする。
1977年
ラザール・キャプランの息子、リオ・キャプランがAmerican Gem Society(AGS)が贈る最も名誉あるロバートM. シップリー賞を受賞。
1979年
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ラザール・キャプランがジュエラーズ・オブ・アメリカ初の殿堂入りをする。
Retail Jewelers of America主催の第1回International Hall of Fame Awardを受賞。ラザール・キャプランの75年に渡る業界への数々の貢献が表彰される。RJA取締役会長は、『ラザール・キャプラン氏のすばらしい想像力ともとの結晶体の姿から3次元のダイヤモンドに視覚化できる非凡な才能こそ、彼が世界有数のダイヤモンド・カッターと誰もが認められる由縁である』と称えられる。
1979年
LKI社がダイヤモンド・カッティング会社として、初めてAmerican Stock Exchange(AMEX)へ上場する。
1983年
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LKI社がダイヤモンドへのレーザー刻印技術を開発。国際特許を取得。
1984年
モーリス・テンペルスマンとレオン・テンペルスマンがそれぞれLKI社の会長と社長に就任。
1996年
LKI社、ロシア政府を通してダイヤモンド輸出機構とロシアのカッティング・研磨施設の共同開発契約を交わす。
1997年
ラザール・キャプランの息子、ジョージ・キャプランがAGSのロバートM.シップリー賞を受賞。
1998年
ラザール・キャプラン・ジャパン・インク(LKJ)を設立。




